美容師丸山の手荒れブログ


Designer 丸山晃平

ブログURLhttp://ameblo.jp/ko-hey-hey/
コメントお客様の「ありがとう」を心から大切にして頑張っております!得意なスタイルはボブスタイルです!パーマを使ってやわらかい質感も作るのも好きです!人を喜ばせたい、美しく、かっこよくしたい熱い気持ちは誰にも負けません!!






「美容師??
辞めた方がいいんじゃない??」





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それが、全ての始まりでした。





丸山晃平 29歳。

美容室トップスタイル 副店長 広報担当。

美容師さんなら、必ず悩む人がいる『手荒れ』

今現在、このブログを打つ私の手は 
とても綺麗になりました。

今も美容師として最高に幸せな時間を過ごさせて頂いております。

今日は、私が本当に心から悩んだ

『手荒れ×美容師』

としての奮闘、そしてそれを乗り越えて
見えた物について少し紹介したいと思います。

美容道を目指し始めた2年目。20歳
 


『シャンプーが上手いアシスタントはカットも上手になる。』


その言葉が、心に響き

我武者羅にシャンプーの練習をした
アシスタント時代。

5回目のシャンプーテストで合格を頂いた時は

涙が出そうな程嬉しかったのを今でも覚えています。


やっとお客様のシャンプーに入って
自分の事を覚えてもらえる!!

「どうやったら、このお客様がシャンプー中に眠りたくなるかな? 感動してくれるかな?」

そんな事だけ考えていました。

21歳の冬のある日。

左手の薬指に異変を感じました。

一箇所だけ 赤い点々が、出来ていて

そこが蚊に刺されたように痒い。。




ただ最初は、そんな感じだけでした。

この時はまさか、自分自信が手荒れという恐怖で

美容師人生を諦めかけてしまうなんて

これっぽっちも思ってはいませんでした。




シャンプーが上手くなるにつれ、

『シャンプー気持ちよかったよ!思わず寝ちゃった!』

とお客様から言葉をかけて頂ける様になり、

その状況だからこそ、赤い点々が増えてもあまり気になる事はありませんでした。


しかし、
23歳になり
カラーやパーマ液を扱う様になり
事態は一変しました。



パックリと指は裂けて、握る事すら痛くて辛い状態に。

その時の私は、それでも周りの意見を一切聞かず、

グローブをはめないで、素手でカラー後のシャンプーをする事を選びました。




「グローブ使ってシャンプーしたら、お客様が満足するシャンプーは出来ない。感覚がわからない。やり辛い。」
 



そんな悩む状況でも

お客様からの支持は増えました!

その一方で手荒れは酷くなる。  





ある意味、悪循環でした。




その当時 実家を離れて一人暮らしをしていた

私の私生活はやりたい放題で不規則。

自分の身体の事なんてほとんど考えていなかった気がします。



気がつけば 手荒れが全身に周り、
首や、顔までパンパンに腫れていました


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あまりに状態が酷くなり、


「とりあえず、早く治そう」




そう思った時は
 
もう、後の祭りでした。

その当時

初めて行った皮膚科で言われた最初の言葉。



『いやー、酷いね。美容師さん?辞めた方がいいよ。辞めないと治らないないねこれは。』




診断は5分で終了。




処方で出されたのはチューブ形のステロイドでした。



「純粋に、これをつければ治る。」



と思っていた私は、膿んでグチャグチャな 

その手にステロイドを毎日塗り続けました。


すると、数日して手荒れが急に良くなりはじめました




「あぁ、よかった。」




美容室の朝礼時にでも、先輩からアドバイスをもらっている最中でも、
友達と会話している時にでも

つい会話に集中すると



手をボリボリかじっている自分に嫌気をさしていた頃でした。



「簡単に治る薬があってよかった!」


と思っていました。



それから数日したある日

私は、恐怖を感じたのでした。

ステロイドの副作用、、

今までは治っていた場所の手荒れが

更に酷くなり




手から変な汁は出るし、

手を握るだけで激痛が走る。

カットの練習をしたくても、ハサミを開閉するだけで、痛い。

シャンプーなんてもってのほか、

水やお湯に手をつけたくありませんでした。





それに最初に気付いて動いてくれたのは

職場でした。
最終的に職場で決まったのは


『しばらく、シャンプーに入らなくてもいいよ。。。』

今思えば、あの状況で

その判断は適切であり、
私に対する愛情だと思います。


美容室側からしたら11月、12月の繁忙月にシャンプーが出来るアシスタントを失う大変さは尋常ではなかったと思います。


それなのに、当時心が未熟な私にとっては

シャンプーに入れない申し訳なさ。

悔しさ。

痛さ。

皆とは自分が違う孤独。




いろいろな感情が芽生えてしまいました。

そして気がつけば、考えてもみなかった、




「自分は美容師に向いていないんじゃないか?
こんなに辛いならもっと楽しい事があるんじゃないのかな?」 



そんな感情さえ芽生えていました。


人間は弱ってしまい、マイナスな心になると
と、


例え、良い事であっても自分にとってマイナスな方向に変えてしまうんだなと。。


今は思います。

あの時の私は、 



(・手荒れ→辛い→美容師が出来ない)



と、勝手に自分自身で繋げて。

自分が美容師が続けて行けない理由を

物の見事に語っていた気がします。


そのどうしようもない自分を救ってくれたのは

職場のスタッフ、お客様の『心』でした。



沢山のハンドクリームから療法、

そして、暖かい言葉。

『どんな物でも、続けてみて、初めて型になるんだよ。』

そんな時に人生の先輩達が言葉のプレゼントを下さいました。


「もう一度考えてみよう!!」


そこから、私は変えてみました。


・手荒れをしている事を隠さない。→自分が手荒れをしている事を自覚する。

・私生活(食)を変える。→野菜を食べる。ご飯は玄米。お酒を控える。ビタミンを取る。皮膚について勉強する。


・自分に合った皮膚科を見つける→総計5件の皮膚科を回りました。最終的にステロイドが少ない薬が一番相性が良くなりました。

・パーマ液、カラー剤を使ったらその日のうちにしっかりとケアをする→どんなに疲れていても、毎日綿100%の手袋を手首までして、ケアをし続けました。


結果的に、その当時には完治を
しませんでしたが、1番酷い状態にはならず、


24歳でスタイリストデビューをする事が出来ました!


デビューして、アシスタントが付くまでは
大きく変わりませんでしたが

今現在はシャンプーの回数が減って
手荒れが完治致しました。


お店側も、手荒れを防ぐ為に 

炭酸泉からマイクロバブルシャワー、
刺激の少ない薬液など。

本当に考えて下さっていたと思います。

ある程度克服するまでに5年はかかりました。


手荒れを克服して見えた物!



手荒れをして

「良かったな」

と思うのはたった1つだけです。


それは、




「同じ手荒れをする子の気持ちがわかる。」




それだけです。




今私は、同じ想いを後輩や、

美容師を目指し始めた子達に

この手荒れの辛さを感じて

ほしくないと思います。

だから手荒れをしていた立場だからこそ
しっかり伝えられる
環境に感謝をしています。


それでも、体質は皆それぞれで
なりたくなくてもなってしまう人は必ずいるはずです。

美容師の3年以内の平均離職率は70%~80%です。


美容師を目指す瞬間はそんな事すら考えてもいないのに


「手荒れ」が原因で辞めてしまうのは

本当にもったいないです!!!


手荒れを理由にしないで、

どうやったら克服出来るのか、

もう一度考えてみて下さい。


手荒れになる宿命をもった皆様へ





宿命を変えることは出来ません。

しかし、このブログを読んで少しでも

感じる『心』を持ってみて下さい。


そしたら、『習慣』(どうやったら克服出来るのか)

が変わります。

すると『生き方』も変わって来ます。

「大変、大変、って」

大きく自分が変わるから大変なんです!


それを乗り越えたら

きっと『運命』は変わります。

「えーっ?本当なの?」

と思う方もいると思いますが、

そのこと自体は、私自身が美容師として証明して行きます。

見ていて下さい。
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どうか、美容師という最高な仕事を
続けられます様に。。。。


丸山晃平